豊丘時竹の続続「平素の戯言」

エッセイでもコラムでも随筆でもなく、ミセラニーです。

年賀状(続き)

 昭和四十七年以後の年賀状の写しが保存されている。今年は昭和が続いていたとすれば、昭和八十四年に当たるから、三十八枚の写しが残っていることになる。鮮明に記憶しているわけではないが、毎年そのつど時間に追われながら書き綴ってきた。読み返してみれば、前年一年間の大きな出来事の集大成になっているだろう。四十七年はちなみに、長男が誕生したこと、転勤したこと、転勤した地でアキレス腱断裂したこと、牛を使った研究を始めたこと、以上のことが書いてある。住所は盛岡市下廚川赤平四となっている。
 懐かしい。


 これ以後のことについては、順次書き継いでいきたい。


 リフレーン
 日本は原爆をもとう。


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