豊丘時竹の続続「平素の戯言」

エッセイでもコラムでも随筆でもなく、ミセラニーです。

 六時で明るくなった

 春が近い。六時で外が明るい。ときはいつか過ぎ行く。あと二年の辛抱である。
 定年制は、サラリーマンにとって一面で救いかもしれない。辛抱辛抱と思いつつも、過ぎ去ってみればほんのつかの間だった、ということになるのだろうか。
 昨夜は「月刊ずいひつ」をだいぶ読んだ。「二ノ宮一雄氏」の『好意』はすばらしい。随筆の美しさを感じた。
「ときどき、私は、好意にあふれたやさしいおふたりの笑顔を思い出すのである」
と結んだ最後の止め方。こんな最後を私も書いてみたい。受賞のことばのなかの
「が、これが自分の人生の最後のものだと思い定めた随筆は、特別でした」
という言葉もまた美しい。
 いい随筆を読ませていただいた。


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