豊丘時竹の続続「平素の戯言」

エッセイでもコラムでも随筆でもなく、ミセラニーです。

戦後の日本が日本の「普通の形」

 太田述正氏ブログ#3949〈皆さんとディスカッション(続×804)〉は、「沖縄の『独立』」や「日本の『普通の形』」に関する議論などがあり、大事なブログのように感じられた。「普通の形」に関する議論を私の覚えのために、覚えておきたい文言を貼り付けておく(太線部分)。読者諸氏、ブログのURLを下に記しておくので、詳しくは直に原文にあたっていただきたい。
 http://blog.ohtan.net/archives/51963512.html


<太田>

 「経済だけに専念<する>体制・・・これが日本の「普通の形」ではないか」については、全く同感であり、それは鎖国・平和・犯罪の少なさ、でも特徴付けられる、というのが私の見解です。
 私は、昭和(とりわけ戦後)・平成の日本もまた、「普通の形」に戻った日本である、と見ています。↓
 ファイナンシャルタイムスのピリング(David Pilling)記者の記事に注目。↓

 ・・・The world has fallen out of love with Japan and Japan with the rest of the world・・・
 The country is, for example, largely untouched by international terrorism. The near absence of security at train stations, offices and even government buildings is, for the world ex-Japan, a charming throwback to a bygone era.・・・
http://www.ft.com/cms/s/0/fb85d0a2-47f6-11df-b998-00144feab49a.html

 しかしこれは、日本の「普通の形」ではあるけれど、日本には「異常な形」もある、ということにも十分留意する必要があります。
 前者が私の言うところの縄文モードの日本、後者が弥生モードの日本です。


 この文言のちょっと前に、U氏が下のように書いている(太字部分)。


では、戦前の軍隊は何だったのかとなりますが、あれは、皇軍でした。
 天皇がいてこその軍隊でした。
 当然のことですが、国民主権軍ではありませんでした。

 外から見れば、皇軍だろうと、国民主権軍だろうと、同じ日本軍に変わりはないわけですが、内側から見れば大変な違いです。
 どう違うかと言えば、戦後の日本人がいまだに日本軍を憲法上で公認できないでいるのは、要するに、言葉の遊びのようですが、まさにその違いがわからないでいるからだ、と私は思います。つまり、戦後日本人が日本軍という言葉でイメージするのは戦前の皇軍でしかないので、そんなものはいらないとなる、と。天皇のためにイノチを差し出せ、というのが戦前の日本人のおおかたの解釈でした。

 アメリカ占領軍が解体したのは、そのような日本軍でした。
 戦後の日本人もその占領軍の方針に同意しているわけです。


 現在は縄文モードにあり、日本人は国軍を必要としないと考える時代にあり、そのかわりに占領軍としての米軍の駐留を許しアメリカの属国たる地位に甘んじているのである。しかし、アメリカはこれまでのように軍事費を出せなくなり、日本、とりわけ沖縄から出ていきたいと考え始めた。自民党政権はそのことが理解できなくて、つまり独立の気概がないために、民主党にとって代わられた。そしてその結果惹起されたことが普天間基地問題なのである。民主党鳩山政権は、知ってか知らずか、属国からの脱却を図っているのである。主として太田氏のブログを勝手読みして私が出した結論である。ただし、だからと言って、七月にあるらしい参院選挙で、民主党に入れるとは決めてはいない。さて最後に、この私の勝手な解釈をもたらしてくれた文言を、#3949から取り出して下に貼り付ける(太字部分)。これはU氏の文言のはず。


 当たり前の光景が、すでに日本保護国であるという認識を持つこと、これは私たちが対米従属から踏み出す一歩です。 だから、問題をややこしくしているだけ、とメディアが盛んに非難している鳩山政権の普天間基地移設問題ですが、騒ぎになっただけでも大きな功績です。この騒ぎを通して日本はアメリカの保護国であるという事実に、すべての日本人が気づかざるを得なくなるからです。


 リフレーン
 国家反逆罪新法を作ろう。


 リフレーン
 日本は原爆をもとう。


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